仙道作三
人物
1960年3月25日、新制中学卒業後に集団就職で上京[2]。東京都葛飾区の機械工場で働きつつ、1964年からクラシック・ギターを習う[2]。1966年9月12日、日比谷公会堂でナルシソ・イエペスのリサイタルを聴き、ギタリストとして立つことを決意[2]。1968年、音楽理論を本格的に学ぶため工場を退職[2]。1970年、ギター教室を開業[2]。1971年、柴田南雄に入門し、音楽理論等を学ぶ[2]。1975年から柴田に作曲を学ぶ[2]。1977年、混声合唱曲『兼好語録』が第2回創作合唱曲に入選。1978年、柴又帝釈天題経寺住職望月良晃の委嘱で『インドラ讃歌』を発表[2]。1990年、オペラ『手賀沼讃歌』でヌーベル文化賞受賞。1992年、秋田県琴丘町文化人招聘第一号。コンポーザー・イン・レジデンスとして同町に滞在し、『縄文ページェント』を作曲。1993年、オペレッタ『注文の多い料理店』で第3回宮沢賢治賞奨励賞受賞。1995年、『縄文ページェント』で地方自治奨励賞受賞。1997年、第11回町づくり賞受賞。1998年、自治大臣賞。2002年、秋田県芸術選奨受賞。『黒媛物語』で岡山県芸術祭特別賞受賞。2003年、内閣官房長官賞受賞。作品に、オペラ『源氏物語』『手賀沼讃歌』『お夏狂乱』『智恵子抄』『観音さま』など。著書に『わがオペラの幕は上がる[3]』(春秋社、1996年)がある。
脚注
出典
- 日外アソシエーツ『日本の作曲家: 近現代音楽人名事典』(2008年), 380 ページ
- SENDO SAKUZO 自己紹介
- “わがオペラの幕は上がる”. www.shunjusha.co.jp. www.shunjusha.co.jp. 2021年4月28日閲覧。
外部リンク
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