伊藤賢吾

伊藤 賢吾(いとう けんご、1978年12月4日 - )は、北海道釧路市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。

伊藤 賢吾
生誕
出生地
(1978-12-04) 1978年12月4日(45歳)
日本の旗 日本
北海道釧路市
ポジション DF
シュート 右打ち
所属したチーム 日本製紙クレインズ(1997-2003)
日本製紙クレインズ
ひがし北海道クレインズ
(2004-2023)
代表 日本
プロ選手期間 1997年 – 2023年

経歴

釧路工業高等学校を卒業後、1997年より日本製紙クレインズに入団。ルーキーイヤーである日本リーグ 97-98シーズンは高卒ルーキーながら39試合に出場。

5シーズン目となる2001-02シーズンには、40試合に出場し43ポイント(13ゴール、21アシスト)を記録[1]し、チームメイトのジョエル・ディックらと共に、攻撃型DFとして活躍。

2003-04シーズンは一時期イーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)のシャーロット・チェッカーズでプレーした。日本では日本リーグからアジアリーグへ移行し、日本製紙クレインズの初優勝、アジアリーグ初代王者に貢献。

2005-06シーズンは38試合に出場し、キャリアハイとなる57ポイント(12ゴール、42アシスト)を記録。チームはレギュラーリーグを1位通過するもプレーオフでコクドに破れ、準優勝に終わる。

2006-07シーズンはチームの3度目のアジアリーグ優勝に貢献し、リーグMVPならびにベストDF賞を受賞[2]。

その後、2008-09、2013-14と合計で4度のリーグ優勝に主力DFとして貢献した。

2022-23シーズンは26シーズン目を迎え、アジアリーグでプレーする現役最年長のDF選手となった。

2023年5月2日に給料が未払いであることを理由に契約を更新せずチームを離脱した[3]。クレインズから大半の選手が移籍した新チームの北海道ワイルズから契約の打診を受けていたが、「体力的にはまだできるものの、選手としてはやり切った」として引退を表明した[4]。

脚注

  1. “Kengo Ito at eliteprospects.com” (英語). www.eliteprospects.com. 2023年2月11日閲覧。
  2. “表彰及び2007アワード”. ludwigcranes.sakura.ne.jp. 2023年2月11日閲覧。
  3. “ひがし北海道クレインズ 選手・監督 来季の契約結ばない意向”. 北海道 NEWS WEB (2023年5月3日). 2023年8月27日閲覧。
  4. “クレインズで活躍のベテラン伊藤賢吾引退 “感謝しかない””. 北海道 NEWS WEB (2023年7月6日). 2023年8月23日閲覧。

外部リンク

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