伏見家 (伯爵家)
伏見家(ふしみけ[1])は、伏見宮博恭王の第4王子で臣籍降下した伏見博英が創設した華族の伯爵家[2]。
| 伏見家 | |
|---|---|
![]() | |
| 家祖 |
伏見博英 (伏見宮博恭王第4王子) |
| 種別 | 華族(伯爵) |
| 主な根拠地 |
東京市杉並区東田町 千葉県野田市山崎 |
| 凡例 / Category:日本の氏族 | |
歴史
伏見宮博恭王の第4王子である博英は、昭和11年(1936年)4月に請願に依り臣籍降下して伏見の家名を賜り[2]、7月20日に華族の伯爵に列せられた[3]。夫人は初め柳沢保承伯爵の三女豊子、後に黒田長和男爵の長女定子[2]。昭和前期には伏見伯爵家の住居は東京市杉並区東田町にあった[4]。
初代の伏見博英は海軍少佐まで昇進した海軍将校だったが、昭和18年8月21日に戦死し、養子で華頂博信侯爵の次男だった博孝が跡を継いだ[2]。その跡は、初代博英の四女佳子の夫である和夫(猪野昇の長男)が婿養子として継いだ[2]。彼の代の平成前期には千葉県野田市山崎に住居があった[2]。和夫の長男は伏見仁志である[2]。
脚注
出典
- 森岡浩 2012, p. 419.
- 霞会館華族家系大成編輯委員会 1996, p. 456.
- 小田部雄次 2006, p. 364.
- 華族大鑑刊行会 1990, p. 152.
- 霞会館華族家系大成編輯委員会 1996, p. 703.
参考文献
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
