住谷橋
歴史
住谷橋は陸羽街道(奥州街道)、後の国道4号を通す重要な橋であったが、長く木橋で流失が絶えなかった。1911年(明治44年)の橋は、1939年(昭和14年)5月7日に老朽化のため大破し、翌年9月に流失した。1947年(昭和22年)8月3日には大雨で再び流出した[1]。その後、1956年(昭和31年)3月19日にまた流された[2]。
流失の歴史を終わらせたのは、1957年(昭和32年)に完成した橋で、これが2011年現在まで健在である。総工費5300万円[3]。下路式の鉄製アーチ橋である。1978年(昭和53年)に下流の馬淵橋で川を渡る三戸バイパスが開通すると、幹線道を通す役割は国道4号の名とともにそちらに譲り、県道を通す橋になった[4]。
脚注
- 『デーリー東北』「橋のある風景57」には7月とある。
- 小泉敦『「北」の地域史』288-290頁。
- 小泉敦『「北」の地域史』291頁。
- 小泉敦『「北」の地域史』289頁。
参考文献
- 小泉敦『「北」の地域史 五戸・三戸・八戸』、北の杜編集工房、2010年。初出は『広報さんのへ』第562号(2009年5月号)「住谷橋」。
- 「橋のある風景 <57>住谷橋(南部町)」、『デーリー東北』2004年4月6日付ウェブ版(2011年2月9日閲覧)。
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