佐味伊与麻呂
経歴
淳仁朝では授刀大尉を務め、天平宝字6年(762年)左右京尹・藤原訓儒麻呂、文部大輔・中臣清麻呂、右勇士率・上道正道らとともに中宮院(淳仁天皇の御在所)に侍し、勅旨の宣布・伝達を命じられている[1]。なお、この時の4人のうち、中臣清麻呂を除く3人は藤原仲麻呂派の貴族である。
天平宝字8年(764年)正月に豊前守に任じられるが、同年8月に発生した藤原仲麻呂の乱における動勢は不明。なお、天平神護2年(766年)3月になって豊前守は海上清水が任ぜられている[2]。
官歴
『続日本紀』による。
脚注
- 『続日本紀』天平宝字6年8月11日条
- 『続日本紀』天平神護2年3月26日条
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