佐藤庄市郎
概要
福島中学校(現福島県立福島高等学校)、第一高等学校、東京大学法学部卒業。戦時中に海軍に取られ、戦後に復学して1950年に弁護士になる[1]。翌1951年に外国人弁護士とともに事務所を開いた渉外弁護士の草分け[1]。石油会社、商社の顧問弁護士などをし、日弁連事務総長、第一東京弁護士会長を務めた[1]。1988年の日弁連会長選挙に立候補したが、敗れた[1]。
1990年2月に最高裁判事に就任[1]。
脚注
- 野村二郎「日本の裁判史を読む事典」(自由国民社)100頁
- 長嶺超輝「サイコーですか? 最高裁!」(光文社)318頁
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