何震
略伝
南京に住んだとき、印学(篆刻芸術)の開祖とされる文彭と師友の関係を結び、燈光石に篆刻することを学ぶ。漢印への復古を唱える文彭をよく継承し、のびやかで枯淡のある作風を確立した。文彭と名声が斉しく、「文・何」と並称され、名士がこぞって彼の印を買い求めた。何震は文彭以上に詞句印や室名印を好んで刻し、後進もこれにならった。また著書『続学古編』は吾丘衍の『学古編』とともに印学を志す者のバイブルとなった。
何震の死後20年、程原・程樸父子により『何氏印選』(忍草堂印選)が刊行される。
何震の優れた篆刻芸術はやがて徽州に一派を成した。この一派を中国の印学における二代流派のひとつである新安印派(黄山派・徽派・皖派)と呼び、蘇宣・梁袠・朱簡に加え「歙四家」とされる程邃・汪肇龍・巴慰祖・胡唐などの優れた篆刻家が育った。
因みに、もう一つの流派を西泠印派(浙派)という。
周亮工の『印人伝』に何震の業績がよく伝えられている。
披雲臥石
蘭雪堂
雲中白鶴
沽酒聴漁歌
呉之鯨印
聴鸝深處
邊款
出典
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