保福寺 (松本市)
保福寺(ほうふくじ)は、長野県松本市保福寺町(ほふくじまち)にある寺院で、山号は永安山。
| 保福寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 長野県松本市保福寺町727-4 |
| 位置 | 北緯36度18分49秒 東経138度1分56秒 |
| 山号 | 永安山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 千手観音立像 |
| 開基 | 伝・蘭渓道隆 |
| 中興年 | 1629年(寛永6年) |
| 中興 | 光山宗岷 |
| 正式名 | 永安山保福寺 |
| 文化財 | 千手観音立像(松本市重要文化財) |
| 法人番号 | 4100005006680 |
歴史
蘭渓道隆によって創建され、鎌倉建長寺の大覚禅師によって中興された。古くは真言宗であったが、文亀2年(1502年)に広沢寺4世により曹洞宗寺院となる。山門をくぐり急な石段を登ると山号本堂がある。本堂への参道脇に六体の地蔵立像がある。
山中高所の寺院

保福寺の六地蔵。高く急な石段を登ると、右手にある
平安時代の天台宗・真言宗の寺院は山中に建立されることが一般的であったと見られ、奈良時代末期から畿内に登場し始めたが、平安時代に入ると地方にも広がっていった。こうした山中の寺は、後世に山腹・山麓に下りて造り直されたものが多く、保福寺もそうした伝承を持つ。
中信地方で、山中から移転したという伝承を持つ寺院として、他には牛伏寺(松本市内田)、若沢寺(松本市波田)、海岸寺(松本市山辺)、放光寺(松本市蟻ヶ崎)、神宮寺(松本市浅間温泉)、光輪寺(朝日村西洗馬)、安養寺(筑北村松場)、福満寺(麻績村)、盛蓮寺(大町市社)がある[1]。
建築物
境内の建築物としては、仁王門が1759年の建築で最も古い。1883年(明治16年)に火災に遭ったため、本堂・庫裡・鐘楼などは、それ以降の建築である[2]。
保福寺の写真画像
保福寺の石仏群。いずれも2012年3月24日撮影
保福寺の鐘楼。12年3月24日撮影
保福寺の仁王像を納める仁王門。12年3月24日撮影
保福寺道
寺の前を通る保福寺道(東山道)は、近世までは重要な街道であり、保福寺宿は中世には宿場町として機能していた[2]。松本方面から保福寺峠を越え、上田で北国街道に合流し、さらに追分宿で中山道に合流し、江戸へと至る幹線道であった。松本藩主が参勤交代の際にはこの道を利用するので、保福寺口にあった番所は藩内一の規模の番所であった。
アクセス
松本市営バス四賀循環線 保福寺下町 またはデマンドバス保福寺天王下車。。
脚注
- あずさ書店編集部『幻の大寺院 若沢寺を読みとく』あずさ書店、2010年9月、ISBN9784900354678。16ページ
- 『松本まるごと博物館 ガイドブック』松本市立博物館、108ページ
外部リンク
参考文献
- 『探訪 信州の古寺 禅宗』1996年 郷土出版社
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