元景略
経歴
楽陵王元思誉の子として生まれた。宣武帝のとき、楽陵王の封を嗣いだ。永平年間、驍騎将軍の位を受けた。延昌末年、持節・冠軍将軍・豳州刺史[3]に任じられた。516年(熙平元年)9月24日、死去した。享年は47[4]。冠軍将軍・豫州刺史の位を追贈された。諡は恵王といった。
脚注
- 元彦墓誌の記述による逆算。景略の妻の蘭将が墓誌の記述により478年生まれと考えられ、「年十二」で元氏に嬪いだとされることからも、景略の470年生まれは大きく外れてはいないと考えられる。生年についての問題は、景略の父の元思誉の記事の脚注も参照のこと。
- 正史の記述による。墓誌によると、諱は彦、字は景略とする。
- 墓誌による。
- 元彦墓誌の享年の記述は「厥齢四七」とする。
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