元表
人物
仏教は、新羅訥祇王代に高句麗を通じて新羅に伝わったが、迫害され、成果を上げることができなかった。521年、新羅は南朝梁に朝貢した[2]。梁武帝は新羅に元表を送り、こうして元表によって仏教が新羅王室に伝えられた。法興王は、仏教を興そうとしたが、貴族社会の強力な反発にあい、法興王の近臣の異次頓は、仏教の受容を主張したが、斬罪に処せられた。これを機に新羅王室と貴族社会間で一定の妥協が成立し、535年ごろにはついに仏教が公認されるようになった[2]。
脚注
- 簡江作『韓國歷史與現代韓國』台湾商務印書館、2005年8月1日、30頁。ISBN 9789570519891。
- “신라(新羅)”. 韓国民族文化大百科事典. オリジナルの2022年2月3日時点におけるアーカイブ。
関連項目
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