光明寺 (四日市市泊山崎町)
光明寺(こうみょうじ)は、三重県四日市市にある、真言宗豊山派の仏教寺院。山号は 囲瀬山(いせいざん)。本尊は観音菩薩。
| 光明寺 | |
|---|---|
![]() 本堂 | |
| 所在地 | 三重県四日市市泊山崎町3-5 |
| 位置 | 北緯34度56分23秒 東経136度35分52.4秒 |
| 山号 | 囲瀬山 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建年 | 聖武天皇のころ(724年 - 749年) |
| 開基 | 行基菩薩 |
| 別称 | 泊山観音 |
| 札所等 | 三重四国八十八箇所 11番札所 |
| 法人番号 | 1190005009018 |
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歴史
聖武天皇(724年 - 749年)のころ、行基菩薩によって、現在地の西側にある、泊山の高台に、開山されたと伝えられ、本尊の聖観音像は、弘法大師(空海)一刀三礼の作といわれる。
その昔、西国三十三観音霊場を再興した花山法皇が谷汲山参詣後、京への帰路、当山にて一泊したときに、法皇が本尊を拝されると、妖しくも光明が輝いたので奇異に感じ入り、寺号を光明寺と称するよう勅したと伝えられ、法皇がこの地に泊まられたことを機に、地名を泊村と呼ぶようになったとされている。
いま一つの伝承として、弘法大師が本尊作成の折、毎夜多くの仏に囲まれ、水を望まれるので、井戸より仏前に供える水を汲んだところ、一体の石仏を汲み上げたという。大師は驚き早速本堂に安置し供養したといい、天正の兵火にも本尊と共に難を免れた。石尊仏は花山法皇の御縁から西国三十三観音の化身であると解し、西国三十三観音霊場の土を運び、小霊場を建立した。
太平洋戦争中に現在の地に移り、堂宇を再建した。境内の南側にある観音堂には、かつて泊山にあった、西国三十三観音霊場の仏像が納められている。
所在地
- 三重県四日市市泊山崎町3-5
近隣施設
- 日永の追分
- 南部丘陵公園
アクセス
- 四日市あすなろう鉄道内部線 追分駅または泊駅より南西へ徒歩で約3分。
- 国道1号:追分交差点(日永の追分)より西北へ約0.5km。
参考文献
- 滝本昭二『三重四国八十八ヵ所霊場』三重四国八十八ヵ所霊場会
関連項目
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