八王子抗争
経緯
発端
平成2年(1990年)2月14日午後9時30分[1]、東京都八王子市の飲食店で五代目山口組宅見組幸田組[1]組員2人が、二率会系西山組組員3人[1]と口論となった。その後、西山組組員3人は幸田組組員2人との口論を止め、八王子市南町のマンション3階[1]の二率会組事務所に引き上げた。 その夜日付が変わった2月15日午前1時ごろ、幸田組組員2人は西山組組員3人を追って、3人が引き上げた組事務所に乗り込んだ。しかし、幸田組組員2人は乗り込んだ組事務所で二率会組員に包丁で腹や胸[2]などを刺されて殺害された。
抗争
これ以降、山口組組員による二率会への攻撃が発生する。
2月16日
宅見組組員が八王子市横山町の二率会所有のビルに銃弾5、6発を撃ち込んで、警察に逮捕された[3]。
2月17日
山口組若頭・宅見勝ら山口組組員が、平成2年(1990年)2月15日に二率会に殺された幸田組組員の葬儀に出席するために、八王子市に集まった[3]。警視庁は警察官400人を動員して、厳戒態勢を敷いた[3]。 同じ日に東京都杉並区荻窪のアメリカ人女性の住むマンションに銃弾が撃ち込まれた。この部屋には、平成元年(1989年)9月まで、二率会系組事務所が置かれていた[3]。 八王子市小門町の二率会八王子一家組事務所に、銃弾5、6発が撃ち込まれた[3]。 八王子市高尾町の二率会系組長宅に、銃弾が撃ち込まれた[3]。八王子市八幡町の二率会系組事務所に、銃弾4発が撃ち込まれ、警戒中の警察車両にも、銃弾1発が撃ち込まれた[3]。
2月19日
山口組系組員2人が、八王子市横山町の二率会八王子一家総長宅前の街頭宣伝車に発砲し、警察に逮捕された[4]。
2月20日
2月20日午後1時前、北海道旭川市二条通りの路上で、山口組系関保連合組員が、二率会系藤田組幹部を、至近距離から拳銃で銃撃した。二率会系藤田組幹部は、腹や胸などに銃弾6発を受けて、死亡した。山口組系関保連合組員は警察に現行犯逮捕された[4]。八王子市明神町で、山口組系組員が、2トントラックに乗り、二率会系組事務所の隣のビルに突っ込み、警察に逮捕された。2トントラックを運転していた山口組系組員は、目標を誤って、突入していた[4]。八王子市小門町で、山口組系組員2人が、トラックに乗って二率会組長宅に突っ込み、銃弾4発を撃ち込んで、警察に逮捕された[4]。相模原市の二率会系組長宅の2階に銃弾が撃ち込まれた[4]。