出来山 (相撲)

出来山(できやま)は、日本相撲協会年寄名跡のひとつ。初代・出来山が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。

松江市立湖東中学校グランド裏側山道に出来山の碑、あるいは出来山の墓らしきものがあるが、それが何代目のものなのか定かではない。

現在は、15代出来山だった元関脇・出羽の花の野村双一が所有している。

なお、相撲界では八百長のことを「出来山」ともいうが、それと年寄名跡との関係は明らかではない。

出来山の代々

  • 代目の太字は、部屋持ち親方。
代目引退時しこ名最高位現役時の所属部屋襲名期間備考
初代出来山岸右衛門------
2代?------
3代三河屋治右衛門------1812年11月-1818年2月5代に名跡変更
4代常山倉之助---粂川-雷部屋1822年10月-1830年10月(死去)二枚鑑札
5代常盤戸文吉---出来山-粂川-雷部屋1832年11月-1850年10月(死去)二枚鑑札
6代立川定吉---玉垣部屋1851年11月-1866年11月(死去)
7代大纒長吉関脇玉垣-出来山部屋1882年1月-1889年12月(死去)二枚鑑札
8代大纒千代吉前1出来山-八角-出来山部屋1899年1月-1917年5月(廃業)二枚鑑札
9代紫雲竜吉之助前1高砂-阿武松部屋1917年5月-1940年1月7代阿武松に名跡変更
10代武藏山武横綱出羽海部屋1940年1月-1943年1月7代不知火に名跡変更
11代藤ノ里栄藏前5湊川-高嶋-出羽海部屋1943年1月-1947年6月(廃業)
12代四海波好一郎前10出羽海部屋1947年6月-1950年9月(廃業)
13代汐ノ海運右エ門大関出羽海部屋1951年5月-1983年2月(停年(定年。以下同)退職)
14代黒姫山秀男関脇立浪部屋1983年5月-1988年1月借株
17代北陣に名跡変更
15代出羽の花義貴関脇出羽海部屋1988年1月-2016年5月(停年退職)
2016年5月-2021年5月(契約満了)再雇用
16代佐田の富士哲博前2中立-境川部屋2021年6月-2023年12月一時的襲名
18代振分へ名跡変更
17代寶千山幸勘前14中立-境川部屋2023年12月-一時的襲名
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