初見八郎
経歴
常陸国猿島郡東山田村(現在の茨城県古河市)出身。初見吉左衛門の四男[2]。中江兆民の仏学塾でフランス語と経済学を学んだ[3]。卒業後、新聞記者を務めていたが、1894年(明治27年)の第3回衆議院議員総選挙に出馬し、当選した。
第6回衆議院議員総選挙では憲政本党から出馬して当選したが、増税問題への対応をめぐって憲政本党を離党し、三四倶楽部を結成した[3]。また、東部貯金銀行の創設に関わり、相談役となった[4]。
第7回衆議院議員総選挙でも再選されたが、次の選挙では落選し、しばらく実業に専念した[3]。1915年(大正4年)、第12回衆議院議員総選挙に立憲同志会から出馬して当選し、4たび議員に就任した。
脚注
- 衆議院『第三十六回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1915年、10頁。
- 人事興信所 1903, 115頁.
- 『現代日本の政治家』立憲同志会p.41-42
- 『新選代議士列伝』
参考文献
- 『新選代議士列伝』金港堂、1902年。
- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年。
- 細井肇『現代日本の政治家』国光社、1916年。
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