劉慎虚
略歴
唐の玄宗の開元年間に科挙(博学弘辞科)で挙げられ、さまざまな官を歴任して崇文館校書郎となった[1][注釈 2]。洪州刺史の呉兢は、劉慎虚の行いを称え、その故郷を「孝弟郷」と改称した。
著書として『鶺鴒集』5巻があったが、散佚した。『全唐詩』は詩を15首収録する。
唐の殷璠が編纂した『河岳英霊集』には11首が収録され、「情幽興遠、思苦語奇。忽有所得、便驚衆聴」と評されている。清の宋婉は「誦劉慎虚詩、勿患其少」と記した[2]。
脚注
注釈
出典
- 『奉新県志』巻八(同治10年)
- 宋婉『友貽堂題辞』
参考文献
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