劉承旼

劉 承旼(ユ・スンミン、朝鮮語: 유승민1958年1月7日 - )は、大韓民国経済学者政治家。第17・18・19・20代韓国国会議員。

劉承旼
유승민
劉承旼 (2017年5月)
生年月日 (1958-01-07) 1958年1月7日(66歳)
出生地 大韓民国の旗 韓国慶尚北道大邱市(現・大邱広域市)
出身校 ソウル大学校ウィスコンシン大学マディソン校
所属政党 (ハンナラ党→)
(セヌリ党→)
(無所属→)
(セヌリ党→)
正しい政党→)
正しい未来党→)
新しい保守党→)
未来統合党→)
国民の力
サイン
公式サイト 유승민 홈페이지

選挙区比例代表→)
大邱広域市東区乙選挙区
当選回数 4回
在任期間 2004年5月30日 - 2005年10月12日
2005年10月27日 - 現職
劉承旼
各種表記
ハングル 유승민
漢字 劉承旼
発音: ユ・スンミン
日本語読み: りゅう しょうびん
ローマ字 Yu Seung-min(2000年式
Yu Sŭng-min(MR式
英語表記: Yoo Seong-min

本貫江陵劉氏[1]。元国会議員の劉守鎬は父[2]弁護士劉承政は兄[3]

概要

ハンナラ党最高委員、セヌリ党院内代表や正しい未来党共同代表等を務めた政治家である。もともとは経済学者であったが、ハンナラ党のシンクタンクである汝矣島研究所の所長として政界入門し、李会昌の最側近となった[4]

2005年には朴槿恵の秘書室長となり、その後の朴槿恵政権期間は与党の幹事長格であるセヌリ党の「院内代表」を務めた。しかし、2015年4月8日の交渉団体代表演説で「政府の税金不足を認めよう」「創造経済は経済成長の解決策ではない」という朴槿恵政権の政策を批判する発言をしたため、朴槿恵の不興を買った。2か月後の6月25日に朴が「裏切りの政治を裁かなければならない。与党の院内司令塔がどんな国会協力を求めたのか」と発言した後、7月8日に親朴系からの辞任圧迫を受けた劉が院内代表を辞任した[5][6]。以後は朴槿恵弾劾にも賛成したが、朴槿恵の大邱での人気の高さから「朴槿恵のおかげで大邱で3選したのに、なぜ朴槿恵を裏切ったのか」という批判を受けた[7]

2017年の大統領選挙では保守系政党の「正しい政党」から立候補した[8]。しかし、やはり大邱で「朴槿恵の裏切り者」というイメージを取り払うことは難しいと見られる[7]

一方、保守政党にいながら中道層を動かせる政治家であるため、共に民主党側からは好敵手として見られる[9]

略歴

  • 1964年3月~1970年1月: サムドク初等学校
  • 1970年3月~1973年1月: テリュン中学校
  • 1973年3月~1976年1月: 慶北高等学校
  • 1976年3月~1982年2月: ソウル大学校経済学科(学士)
  • 1979年1月~1981年4月: 軍服務
  • 1982年1月~1983年7月: 韓国開発研究院の研究員
  • 1983年9月~1987年8月: アメリカウィスコンシン大(マディソン素材)経済学博士
  • 1984年9月~1987年5月: 米ウィスコンシン州立大学助教計量経済学ミクロ経済学[10]
  • 1994年5月~1995年5月: 韓国産業組織学会事務局長
  • 1996年3月~1997年3月: アメリカカリフォルニア大学サンディエゴ校IR/PS大学院招聘教授
  • 1998年4月~1998年9月: 公正取引委員会の諮問官
  • 1998年5月~1999年9月: 大統領諮問政策企画委員会委員
  • 1987年12月~2000年2月: 韓国開発研究院研究委員、選任研究委員
  • 2000年2月~2003年6月: 財団法人・汝矣島研究所所長
  • 2003年3月~2004年5月: 翰林大翰林科学院研究教授[10]
  • 2004年5月~2005年10月: 第17代国会議員(比例代表)、国会政務委員会
  • 2004年6月~2005年1月: ハンナラ党(現・自由韓国党)政策委員会第3政調委員長
  • 2005年1月~2005年10月: ハンナラ党代表最高委員秘書室長
  • 2005年10月~2008年5月:大邱市東区乙国会議員、国会財経委員
  • 2007年6月~2007年8月: ハンナラ党朴槿恵候補選挙対策委・政策メッセージ総括団長
  • 2008年4月~2012年5月: 第18代国会議員(大邱東区乙)ハンナラ党→セヌリ党
  • 2008年4月~2010年4月: 国会国防委員会幹事、均衡発展特別委員会委員
  • 2008年4月~2012年5月: 革新都市の成功的な建設に向けた国会議員の会幹事
  • 2009年7月~2012年5月: 軍用飛行場問題の解決に向けた国会議員の会代表
  • 2010年5月~2012年5月: 国会国防委員会委員
  • 2010年6月~2011年5月: 予算決算特別委員会委員
  • 2010年7月~2011年6月: ハンナラ党大邱市党委員長
  • 2011年7月~2011年12月: ハンナラ党最高委員
  • 2012年6月~2014年5月: 国会国防委員会委員長
  • 2012年6月~2016年5月: 第19代国会議員(大邱市東区乙)セヌリ党→無所属
  • 2012年6月~現在: 国会革新都市議員の会代表
  • 2014年6月~2015年3月: 国会外交統一委員会委員
  • 2015年2月~2015年7月: セヌリ党院内代表
  • 2015年3月~2016年5月: 国会国防委員会委員
  • 2016年6月~現在:第20代国会議員(大邱市東区乙)無所属→正しい政党→正しい未来党
  • 2016年6月~現在:国会企画財政委員会委員
  • 2018年2月~2018年6月:正しい未来党共同代表
出典: YOO's Life”. 劉承旼ホームページ. 2017年4月15日閲覧。

主張・発言・エピソード

2012年にMBC労組によるストライキを支持したため、その後はMBCが各種取材において、劉に対して不利な偏向報道を行ったと複数の記者や政界関係者が主張している[11]

2016年の第20代総選挙で劉陣営の選挙運動に参加した娘が美女であるため、ネット上で話題となった[12]

2019年9月、曹国ケーキを提げてエレベーターを待つ様子は撮られて話題になったが、2015年7月に劉がパンを提げてエレベーターを待つ様子の写真と酷似するため、一部からは「剽窃演出」の疑惑が提起された[6]

2021年1月14日、朴槿恵前大統領に対する大法院の有罪確定判決を受け、国民統合と未来に向かって進まなければならない時だとして、文在寅大統領に朴槿恵の赦免を要求した[13]

同年2月19日新型コロナウイルスに対応するアストラゼネカワクチンの安全性について不信が高まる中、劉承旼は文在寅大統領から接種を受ける必要があると主張した[14]

出典

  1. 스카이데일리, 대권 깜짝돌풍 유승민, 핏줄은 한고조 유방 후손”. www.skyedaily.com (2017年3月7日). 2022年11月15日閲覧。
  2. 유승민, 빈소 나와 맞은 정치인 4명…어떤 인연이길래 (朝鮮語). the300 (2015年11月9日). 2022年6月22日閲覧。
  3. 최재형에 줄잇는 조문…유승민 "형과 아끼는 사이"(종합) (朝鮮語). 한국경제 (2021年7月9日). 2023年10月26日閲覧。
  4. 유승민 여의도연구소장 내년 총선 대구지역 출마설 | 일요신문”. ilyo.co.kr (2003年4月13日). 2023年10月26日閲覧。
  5. 유승민 원내대표 사퇴…“법·원칙·정의 지키고 싶었다” (朝鮮語). KBS 뉴스 (2015年7月8日). 2023年10月26日閲覧。
  6. 조국 ‘케이크 귀가 사진’ 연출 의혹, 1년 만에 올린 페북 해명엔… (朝鮮語). 조선일보 (2020年9月27日). 2023年10月26日閲覧。
  7. "진실 말한 게 왜 박근혜 배신인가" 유승민 결정적 순간 셋 (朝鮮語). 중앙일보 (2021年10月18日). 2023年10月26日閲覧。
  8. “韓国・革新系野党、文在寅氏を大統領選候補に選出「一強」の勢い”. 東京新聞. (2017年4月4日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201704/CK2017040402000103.html 2017年4月14日閲覧。
  9. [뉴스외전 정치 맞수다] '유승민 카드'에 대한 여·야 속내는? (朝鮮語). MBC NEWS (2022年10月19日). 2023年10月26日閲覧。
  10. 대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2022年2月14日閲覧。
  11. 노조 파업 지지했던 유승민 향한, MBC의 꼼꼼한 ‘뒤끝’과 ‘복수’ (朝鮮語). 미디어스 (2015年5月21日). 2023年10月26日閲覧。
  12. 유승민 딸, 연예인 뺨치는 미모 “정치인 사위 보느냐?” 묻자 “절대 안 본다” (朝鮮語). 서울경제 (2017年4月14日). 2023年10月26日閲覧。
  13. 全斗煥元大統領も2年で赦免…韓国野党、朴前大統領と李元大統領の赦免要求”. 中央日報 (2021年1月14日). 2021年2月21日閲覧。
  14. 劉承ミン前議員「文大統領、アストラゼネカのワクチン不信を自ら招いた…先に接種せよ」”. 中央日報 (2020年2月20日). 2021年2月21日閲覧。
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