加治木空襲

加治木空襲(かじきくうしゅう)は、第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)4月26日8月11日の2回にわたって、鹿児島県姶良郡加治木町(現:姶良市)に対して行われたアメリカ軍による空襲[1]

日本本土空襲の1つ。4月26日の第1回空襲では延べ5万坪が焼失し、死者17人。第2回空襲は8月11日午前10時半ごろ、ダグラスA-20爆撃機18機によって行われた。死者26人。3,000人近くが負傷。役場をはじめ、諸官庁、学校がほとんど焼失。送電線電話線も焼け、ラジオも聞けなかったという。

脚注

  1. 朝日新聞掲載「キーワード」. 加治木空襲とは”. コトバンク. 2021年2月16日閲覧。
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