北島秀一
経歴
広島県広島市出身。広陵高等学校卒。進学のため上京、大学の通学路にあった熊本ラーメン桂花に魅せられる。
大学卒業後、大手電機メーカーに就職、出張先でラーメンを食べまくる。新横浜ラーメン博物館が主催するパソコン通信ネット「ラーメンネット」への参加が同博物館のスタッフの目に留まり、1997年、テレビ東京『TVチャンピオン』第4回ラーメン王選手権に出場。決勝戦で石神秀幸との激戦の末惜敗、準優勝。これを機にこの後、同番組の問題作成委員会に加わり、また週刊現代など多くの雑誌にラーメン評論を掲載、ラーメンジャーナリストの草分けとなった。同年12月から自身のラーメン食べ歩記サイト「電脳麺記」を開始[2]。パソコン通信「NIFTY-Serve」時代からハンドルネームは「しう」[3]。
1999年新横浜ラーメン博物館に転職、広報などを担当していた[2]が白血病を患い2003年退職した。同年、「超らーめんナビ」の達人に就任[3]。
その後はフリーのラーメンジャーナリストとして、雑誌への寄稿やテレビ出演などで活動した。その他、川崎駅前のラーメン横断組織「川崎麺店会」の発起人になるなどの活動も行った。2004年6月には、日本国内の全ての都道府県のラーメン食べ歩きを達成した[2]。また、日本ラーメン協会の設立メンバーの一人で、顧問を務めていた[2]。
脚注
- <<当協会顧問 ご逝去に関するお知らせ(訃報)>> 日本ラーメン協会 2014年9月1日
- “ラーメン評論家の北島秀一さん死去 51歳 草分け的存在”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年9月3日) 2014年9月3日閲覧。
- “ラーメンマガジン「ラーマガ」#034”. ニコニコチャンネル 「ラーマガ」ラーメン情報専門チャンネル (2014年9月10日). 2021年8月2日閲覧。
外部リンク
- しうの電脳麺記 - ウェイバックマシン(1998年12月2日アーカイブ分)
- ぐるなびラーメン
- 北島秀一ラーメン速報 - FC2ブログ
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