北条主殿介
生涯
父の庄三郎は加賀藩の前田家に仕えており、その父が寛永年間に入る頃に死去したため、家督を継承した。加賀藩での知行は1000石であった。正保4年(1647年)6月に病死した[1]。
主殿介には男子が無かったため、その知行は加賀藩に収公され、娘に5人扶持が与えられている。主殿介の死により、氏邦の家系は断絶した[1]。
脚注
- 『戦国北条家一族事典』 戎光祥出版。2018年。P78
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