北条時光
北条 時光(ほうじょう ときみつ)は、鎌倉時代の北条氏の一族。同姓同名の人物が佐介流北条氏に3名確認できる。
- 北条時房の長男・北条時盛の子。官位は修理権亮(のち修理亮か)。弘安年間の8月、興福寺の満実法印と陰謀を企てるが発覚し、拷問の末に佐渡国へ流罪となった[1]。
- 北条時房の次男・北条時村の孫。父は北条政宗または北条政房。通称は孫七。
- 北条時員の次男・北条時盛の孫。父は北条時元。兄に北条房実、弟に北条時国がいる。
これとは別に、桜田流北条氏に1名いる。
- 北条貞国(桜田貞国)の長男。生没年不詳。
脚注
参考文献
外部リンク
- 北条時光(時盛子) - ウェイバックマシン(2016年3月4日アーカイブ分)
- 北条時光(孫七) - ウェイバックマシン(2014年8月12日アーカイブ分)
- 北条時光(時元子) - ウェイバックマシン(2014年8月12日アーカイブ分)
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