北条朝貞
北条 朝貞(ほうじょう ともさだ、生年未詳 - 元弘3年5月22日(1333年7月4日))は、鎌倉時代末期の武将。北条氏の一門。名越流・北条時基の嫡男。母は二階堂行久の娘。中務大輔。名越朝貞とも。
正和4年(1315年)3月8日の鎌倉大火で被災したことが、「公衡公記」に記述されている。朝貞の事跡について詳細は不明だが、この被災の記録から、幕府要職にある有力者であったと考えられる。
参考文献
- 北条氏系譜人名辞典(新人物往来社)
関連項目
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