北鮮
北鮮
(ほくせん、
朝鮮語
:
북선
) は、
朝鮮半島
に関して次のような意味で用いられる:
竹駕嶺地溝帯
[1]
ないしは
楸哥嶺地溝帯
[2]
を境界として南・北鮮に区分された
[1]
もののうち北半分
[2]
。
日本統治時代
においては、北・西・中・南鮮に区界されたもののうち、
咸鏡南道
・
咸鏡北道
[2]
[3]
。
第二次世界大戦後においては
北朝鮮
を指す。
差別用語
とされることもある。
脚注
朝鮮總督府『調査資料第三十八輯 生活状態調査 (其五) 朝鮮の聚落前篇』昭和八年三月三十日發行、四一六頁。
下中彌三郎編輯『東洋歷史大辭典 第六巻』平凡社、昭和十三年一月二十五日 初版第一刷發行、
一六四頁
。
伊藤正愨編輯『朝鮮に於ける家庭工業調査』京城商工会議所、昭和十二年三月丗一日發行、
一七~一九頁
。
関連項目
南鮮
北鮮海流
東鮮暖流
西鮮中央鉄道
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