千光寺 (倉敷市)

千光寺(せんこうじ)は、岡山県倉敷市真備町岡田にある曹洞宗の寺院。正式名称は醫王山 千光寺(いおうざん せんこうじ)[1]。岡田を代表する寺院のひとつである[注 1]。

千光寺(せんこうじ)

地図
所在地 岡山県倉敷市真備町岡田846
位置 北緯34度39分7.6秒 東経133度42分30.4秒
山号 醫王山
宗旨 曹洞宗
本尊 薬師如来
創建年 1566年
正式名 醫王山千光寺
札所等 吉備四国霊場八十八か所(下道郡霊場八十八か所)9番
法人番号 8260005003931
千光寺の位置(岡山県内)
千光寺
千光寺
千光寺 (岡山県)

総社市・華光寺の末寺で、吉備四国霊場八十八か所(下道郡霊場八十八か所)の9番目である[3]。本尊に薬師如来を祀る[4]。

歴史

もとは馬入堂山の西北[3]、馬入山城の南東にある[5]「花荘庵」という祈祷寺であった[3]。備前常山城主、上野肥前守隆徳の城代、西薗馬入堂山城主、岡田村三宅氏第26代徳寄がこれを岡田村桜に移して寺とし、曹洞宗とした[3]。

開創は1566年(永禄9年)で、初めは全香寺(ぜんこうじ)と称していた[1][3]。1887年(明治20年)に火災に遭い再建後、千光寺と名を改めた[1][3][注 2]。

本堂と庫裏が火災で消失したため、公会堂の剣道場と民家を移築し、仮住まいの状態となっていたが[1]、2002年(平成14年)に高祖道元禅師の750回大遠忌が曹洞宗大本山永平寺で奉修される勝縁に当たり、明治以来の宿願であった本堂再建を計画し[1]、再建に至った。

境内

1887年(明治20年)の火災の際に書類を消失したため、各建物の建築年等の詳細は不明である[3]。

岡田藩4代藩主・伊東長貞が藩邸を岡田村に移した時にこの地に毘沙門天を勧請し、明治維新後にその堂宇を当寺の境内に移したが、明治20年の火災で焼失したとのこと[3]。

本堂は、前述のとおり2002年(平成14年)に再建されたものである。

交通アクセス

『獄門島』と千光寺

第二次世界大戦末期から3年余りこの地に疎開していた横溝正史が、『獄門島』の舞台として登場させている寺の名前が「千光寺」で、その名前のモデルとなっている[7]ほか、「医王山」という山号も宗派が曹洞宗であるのも同じである[8]。また、作品中、花子が逆さ吊りにされた梅の木のモデルの木は現在もある[9]。

横溝は『獄門島』のあとがきで、「曹洞宗の知識については千光寺の和尚・末永篤仙師の御教示に負うところが多かった」と述べている[10]。

プロジェクト「team千の光」との関わり

千光寺が所在する真備町は2018年、平成30年7月豪雨により甚大な被害を受け(平成30年7月豪雨#倉敷市の被害参照)、前述の先代住職・末永篤仙の孫の名合雅美を代表として「真備に千の光を ~想・願・祈~」をスローガンに掲げ、千光寺の坐禅堂を拠点に「team千の光」を発足した[11]。

千光寺での鎮魂と祈りのライトアップ(毎年7月6日・7日)などの資金をクラウドファンディングで募り[12]、ライトアップを2019年7月からスタートして、毎年実施している[13]。また、臨床心理士による心のよりどころ相談と行政書士による行政手続き相談を、毎月1回(2日間)千光寺の坐禅堂で開催している[14]。

プロジェクトのリターンの中の一つに「【獄門島】石鹸&千光寺御朱印入り獄門島文庫本」がある[9]。石鹸には真備特産の竹にちなんで竹炭を練りこみ、『獄門島』の千光寺の梅の木にちなんでほんのり梅の香りをつけており、文庫本には現在の住職直筆の御朱印を入れてもらっている[9][注 3]。

近隣施設

脚注

注釈

  1. 戦前の『郷土史』の岡田村の記述に「寺には森泉寺・千光寺等があり」と記されている[2]。
  2. 『真備町(倉敷市)歩けば』の「医王山・千光寺」には「三宅徳寄(1627年 (寛永4年))没)により現在地に移され、そのとき千光寺と改称した」と記されている[5]。
  3. 『獄門島』の名前を使用するに当たり、著作権を管理しているKADOKAWAに許諾をとるとともに、横溝の身内の許可も得ている[9]。

出典

  1. 『仏さまのお話 千光寺版』(千光寺・山本道雄著、2000年)裏表紙の「お願い」。
  2. 福武辰衛 編『郷土史』岡山県総社高等女学校々友会、1933年11月10日、59-60頁。"第二編 地方誌 岡田村"。
  3. 真備町史編纂委員会 編『真備町史』岡山県吉備郡真備町、1979年5月、251-252頁。"寺院と寺社 9.千光寺"。
  4. 『仏さまのお話 千光寺版』(千光寺・山本道雄著、2000年)p.21「薬師如来」。
  5. 小野克正、加藤満宏、中山 薫『真備町(倉敷市)歩けば』日本文教出版株式会社〈岡山文庫〉、2016年6月17日、105-106頁。"岡田を歩けば「医王山・千光寺」 中山 薫"。
  6. “千光寺”. 日本の神社・寺院の検索サイト 八百万の神. 2023年4月16日閲覧。
  7. 堤浩一郎 (2021年12月3日). “舞台をゆく 横溝正史が疎開、岡山・真備 風土と人、息づく名推理”. 毎日新聞 大阪夕刊 (毎日新聞社)。
  8. 「巡・金田一耕助の小径」実行委員会『巡・金田一耕助の小径 ミステリーガイドブック』2021年3月31日増補改訂版 7ページ。
  9. “横溝正史先生の疎開地 獄門島の舞台 千光寺との縁”. 真備に千の光を (2020年3月9日). 2023年4月16日閲覧。
  10. 横溝正史『獄門島』岩谷書店、1949年5月。"あとがき(昭和23年9月 世田谷成城の寓居にて)"。
  11. “プロジェクト本文”. 真備に千の光を (2020年3月9日). 2023年4月16日閲覧。
  12. “真備に千の光を ~想・願・祈~”. 真備に千の光を (2022年9月7日). 2023年4月16日閲覧。
  13. “4年目のライトアップ ~心の灯~”. 真備に千の光を (2022年7月11日). 2023年4月16日閲覧。
  14. “4/1,4/2 心のよりどころ相談&行政書士による相談:千光寺”. 真備に千の光を. 社会福祉法人 倉敷市社会福祉協議会 倉敷市真備支え合いセンター (2023年4月1日). 2023年4月16日閲覧。

関連項目

外部リンク

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