南日俊夫
生涯
「南日三兄弟」と称される南日恒太郎、とし子の10番目の子として生まれる。父を海難事故で失った事をきっかけに海洋学に進み、日本海洋学会の創立に加わった。
橋北中学校水難事件(1955年)の裁判では、学識経験者として、沿岸流(ロングショアカレント)説を陳述した。
著書
『海の物理学』紀伊国屋新書 、1963年
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