単雄信
生涯
616年、翟譲が隋に反抗して叛乱を起こすと、単雄信は徐世勣とともに翟譲の軍に投じた。騎兵突撃用の長槍(槊)を用いるのを得意として「飛将」と号された。617年、李密が魏公となると、左武候大将軍に任ぜられた。
618年、李密が偃師で大敗すると、単雄信は王世充に帰順して大将軍となった。621年、李世民が東都(洛陽)を攻撃すると、単雄信はこれを迎撃して唐軍の李世民本陣に肉薄した。勇戦したが唐軍に捕らえられ、洛水の渚の上で斬られた。享年は41。
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
