印牧能信
印牧 能信(かねまき よしのぶ、生年不詳 - 天正元年(1573年))は戦国時代の武将。朝倉氏家臣。越前国南条郡鉢伏城主。
凡例 印牧 能信 | |
|---|---|
| 時代 | 戦国時代 |
| 生誕 | 生年不詳 |
| 死没 | 天正元年(1573年) |
| 別名 | 弥六左衛門 |
| 主君 | 朝倉義景 |
人物
天正元年一乗谷城の戦いで織田軍に対し奮戦するも力尽き、不破光治の家来で原野賀左衛門によって捕虜にされ、織田信長の前に連行された。信長は名を惜しんで許そうとするが、能信は武士の意地を通し信長の面前で自刃した[1]。
脚注
- 太田牛一 中川太古『現代語訳 信長公記』新人物文庫、2013年10月13日、209頁。ISBN 978-4-04-600001-9。
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