原孝太郎と東京六重奏団
原孝太郎と東京六重奏団(はらこうたろうととうきょうろくじゅうそうだん)は、日本のバンド。銀巴里で演奏していた当時は日本一のコンチネンタル・タンゴバンドとも称された[1]。
概要
1944年に結成される[2]。NHKラジオ、ラジオ東京の番組に出演して人気を博した[2]。1953年に訪日したダミアの伴奏がきっかけとなり、フランスへ渡る[2]。日本に戻ってからは銀巴里でシャンソンの紹介を積極的に行った[2]。1955年頃から主な舞台を新宿のラセーヌに移して、活躍を続けた[2]。
出典・脚注
- “美輪明宏「自由に生き抜いた人生だった」…戸川昌子さん通夜”. スポーツ報知. (2016年5月4日) 2017年2月8日閲覧。
- 「原孝太郎」『新撰 芸能人物事典 明治~平成』日外アソシエーツ、2010年。
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