原田治
来歴
幼少の頃から絵画に興味を示し、洋画家で川端玉章の孫にあたる川端実に師事していた。青山学院中等部・高等部を経て多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後渡米し、ここでイラストレーションを学ぶ。ここでの生活が後の作品に「アメリカナイズされたテイスト」として影響を与えることとなる。
帰国後の1970年、創刊したばかりの雑誌「an・an」(マガジンハウス)にイラストを掲載し、イラストレーターとして本格的に始動。1975年、マザー・グースを題材にしたポップで可愛らしいテイストのキャラクターグッズ「OSAMU GOODS」の発売を開始。
雑誌「ビックリハウス」(パルコ出版)では、「明石町先生」というペンネームでイラストページを連載。編集スタッフの似顔絵イラストで構成された連載は人気を博した。また1979年、「ビックリハウス」の執筆陣であった安西水丸・ペーター佐藤・アートディレクターの新谷雅弘らとともにユニット「パレットクラブ」を結成。これは後に生地・築地に設置されたイラストレーター養成学校「パレットクラブスクール」の母体となっている。
その後はイラストレーターも加え、前述の「パレットクラブスクール」講師なども務めていた。また著作ではイラスト集の他、児童向け絵本の挿絵も行なっていた。
2016年7月〜9月にオサムグッズ誕生40周年を記念し『オサムグッズの原田治展』が弥生美術館で開催された[3]。
著作
- ぼくの美術帖(パルコ出版、新版・みすず書房、ISBN 978-4-622-08841-7)
- オサムグッズスタイル(ピエブックス、ISBN 978-4-89444-416-4)
絵本挿絵
作品を採用している企業・商品
- ミスタードーナツ
- カルビーポテトチップス「ポテト君(じゃがいもくん、ポテト坊や[7])」[8]

令和元年記念ポテトチップス

ウェルカム・バスケットのトラック
- 崎陽軒 - 主力商品の「シウマイ」に1988年から約20年間、醤油入れ「ひょうちゃん」のイラストを担当
- ECCジュニア
- 日立製作所(エアコン「白くまくん」)
- 東急電鉄車両のドア付近の注意喚起ステッカー(上記「白くまくん」をリファインしたもの)

ドア付近に「白くまくん」ステッカー
脚注
- 『オサムズ マザーグース』著者略歴 - Amazon.co.jp
- “オサムグッズのファンの皆さまへ”. osamugoods.com. コージー本舗 (2017年2月11日). 2017年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月11日閲覧。
- オサムグッズの原田治展 Osamu Goods(R) The 40th Anniversary
- 「オサムグッズ」原田治さん死去70歳 - 毎日新聞、2017年2月10日、同日閲覧。
- osamugoods NEWS
- 「原田治 展」公式サイト
- 【カルビー ポテトチップス】の秘密(男の浪漫伝説 Vol.61) |ドリームメール
- タピオカHPより作者プロフィール(2012年12月6日時点のアーカイブ)
外部リンク
- オサムグッズ公式サイト
- osamugoods (@osamugoods_koji) - Instagram
- osamugoods (@osamugoods_koji) - X(旧Twitter)
- 原田治ノート(公式ブログ)
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