原秀三郎
経歴
学問
大化改新否定論で名を馳せる。友人芝原拓自に導かれてマルクス理論の研究、アジア的生産様式論争に関する学説をたてた。
一方で、近年は180度方向転換し、田中卓の学説を支持して「敬神愛国」をスローガンに掲げ古典解読に取り組んでいる。これは、田中の『伊勢神宮の創祀と発展』に接し、これに反論することができず実力を認めた、しかし当時は皇學館大学の学者の説を認めることは簡単にできず、稲荷山古墳出土鉄剣銘の出現などによって、いいものはいいとはっきり言えるようになった、という[5]。
著書
脚注
- 『現代日本人名録』
- 伊豆地区は13人−春の叙勲伊豆新聞 伊東版 2014年4月29日
- 春の叙勲−伊豆地区の受章者伊豆新聞 伊東版 2014年4月29日
- “平成26年春の叙勲 瑞宝中綬章受章者”. 内閣府. p. 16 (2014年4月29日). 2015年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月17日閲覧。
- 原秀三郎「大和王権の歴史的性格」(『史友』34,2002 青山学院大学史学会委員会)
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