取揚島
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![]() 取揚島 ![]() 取揚島 | |
| 地理 | |
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| 場所 | 瀬戸内海 |
| 座標 | 北緯34度43分11.7秒 東経134度22分54.3秒 |
| 諸島 | 日生諸島 |
| 面積 | 0.003 km2 (0.0012 sq mi)[1] |
| 海岸線 | 0.3 km (0.19 mi) |
| 最高標高 | 16 m (52 ft)[1] |
| 行政 | |
| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口統計 | |
| 人口 | 0(2021年時点) |
| 追加情報 | |
| 時間帯 | |

取揚島(西岸)
兵庫県赤穂市と岡山県備前市との境界にまたがり、県境が島内にある。北東側が赤穂市域、南西側が備前市域である[1]。赤穂港の沖合わずか500mに位置し、島の西方ではノリの養殖が行われている。
歴史
古くから境界線上に位置する島となっており、元禄年間には島の南西部が備前国和気郡福浦村構、北東部が播磨国赤穂郡真木村構となっていた[2]。なお両村とも離れていたため、島に自生するササは利用されなかったという。正保3年(1646年)に岡山藩と赤穂藩の双方の役人が立会って島の管轄が二分され[3]、その後慶安2年(1649年)に岡山藩から郡奉行・河村平太兵衛と郡目付・永田三郎左衛門が来島して国境に塚を築いた。
1963年(昭和38年)に岡山県和気郡日生町大字福浦が兵庫県赤穂市に編入する越境合併を行う際、取揚島は当時この福浦に属していたが越境編入の対象外となった[1]。この判断は、越境合併で紛争となったため、自治大臣・篠田弘作の示した和解案により島内に岡山・兵庫両県の県境が設定された[注釈 1][4]。
脚注
注釈
- この境界変更案では、福浦地先海面のうち、取揚島から西オーコ𡽶(鹿久居島南東端)を結ぶ線以北、真尾鼻から南西に鹿久居島に渡って西オーコ𡽶までの海岸線以東を赤穂市に編入することになっていた。後にこの案は修正され、同地先海面のうち、真尾鼻から網崎を結ぶ線以北及び網崎から取揚島山頂を結ぶ線以東が赤穂市に編入された。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編、『角川日本地名大辞典 33.岡山県』角川書店、1989年。ISBN 4040013301
- 日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館 (『日本歴史地名大系』 平凡社、1979年~2002年 を基にしたデータベース)
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