古林東斎
経歴
父俊英に医術を学び、文久元年(1861年)父の没後俊英の名を継ぎ家督を相続した[2]。
文久2年(1862年)2月紀州華岡塾に入門し華岡流医術を学んだ[2]。
明治28年(1895年)当時西洋医師流行のためもあったのか求められて隠岐西郷町近辺の宇津賀村で開業した[3]。
明治36年(1903年)64歳の高齢もあってか再び尾高町に帰り医業をした[3]。のち御来屋に移り、開業した事もあり、明治41年(1908年)には車尾の佐古秀斎とともに開業している[3]。
系譜
古林家
- (鳥取県米子市尾高町)
- 鳥取県米子市尾高町の玩具店・古林家はもと米子城代荒尾氏の侍医として代々荒尾家に仕えて来た[2]。ただその事蹟については米子城の廃城とともに消失し古林家には二、三の古医書と処方録が残されているに過ぎない[2]。その先祖は大坂冬の陣の後、荒尾但馬守について米子に来住したというので恐らく先祖は武士だったのであろう[2]。
略系図
| 観古堂融山春意庵主 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 元英 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 俊英 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 東斎 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 定義 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 哲次 | |||||||||||||||||||||||||||||
参考文献
- 森納 『続 因伯の医師たち』 1985年 208-209頁
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