吉岡金市
経歴
岡山県井原市に生まれる。1930年京都帝国大学農学部農林経済学科を卒業する[2]。倉敷労働科学研究所員、労働科学研究所[3]を経て、岡山理科大学教授、同朋大学教授、金沢経済大学(現・金沢星稜大学)学長、龍谷大学教授などを歴任した[4]。1961年、萩野昇とともに富山県神通川流域のイタイイタイ病の原因がカドミウムであることを突き止めた。ほかに1950年の第2回参議院議員通常選挙で全国区から立候補したが辞退した[5]。
おもな著作
- 単著
脚注
- 三浦豊彦 1987
- 『京都帝国大学一覧 昭和5年』京都帝国大学、1930年12月31日、462頁。NDLJP:1447126/238。
- 『日本文化団体年鑑 昭和14年版』日本文化中央聯盟、1939年7月15日、20頁。NDLJP:1116034/39。
- デジタル版 日本人名大辞典+Plus『吉岡金市』 - コトバンク
- 『国政選挙総覧 1947-2016』543頁。
参考文献
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