吉野昌甫
人物
1926年に生まれる。旧制京華中学校(現京華中学高等学校)を経て、1948年に東京商科大学(現一橋大学)を卒業。大学では鬼頭仁三郎ゼミに所属していたが、鬼頭が死去したため小泉明ゼミナールに参加するも小泉が病気になり、中山伊知郎ゼミに入った[1]。1953年に茨城大学文理学部助教授となり、1959年に一橋大学商学部助教授へ移籍する。1967年に同大学経済学部教授となる。1989年に定年退官した。同年に東洋大学経営学部教授となった後に、1995年に駿河台大学経済学部教授に就任する。同大学では、1997年に設立された経済研究所の設立に尽力し、初代研究所長を務めた。2003年11月瑞宝中綬章受章[2]。2012年正四位[3]。
ゼミ生に、オーム乳業社長などを務めた公認会計士の永利新一や[4]、フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史[5]などがいる。
著書
脚注
- 「山口茂教授における金融論の学風 」如水会
- “平成15年秋の叙勲 瑞宝中綬章受章者” (PDF). 内閣府. p. 19 (2003年11月3日). 2003年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月4日閲覧。
- 官報平成24年本紙第5906号 8頁
- 「地球の風」HQ
- 「【連載】『あの人の学生時代。』 ♯7:フィデリティ投信株式会社 野尻哲史「学生は自由闊達に」」マイナビ学生の窓口 2017年06月28日 13時00分
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