名例律
沿革
名は刑罰の名称、例は法例のことで、律全体の冒頭にある。主刑としての刑罰の名称(五刑)、減刑としての例減,換刑としての贖(しょく)や官当,付加刑としての除免、、裁判に関する規準、律中の用語の定義からなる。とくに重大視される犯罪(八虐、はちぎゃく・六議(ろくぎ)、併合罪・共犯・連坐などの重要原則を定めている。このうち五刑・八虐については、体系的法典としての大宝律制定以前に成文化されていたとする説もある。
大宝名例律は全条散佚し逸文を伝えるのみ。養老名例律は前半を伝え,後半は散佚[1]。
構成
1870年の新律提綱の冒頭の名例律は13条からなる。
1873年の改定律例(明治6年太政官布告206号)の名例律は100条からなり、五刑、勅奏官位犯罪條令、閏刑、官吏犯公罪、軍人犯罪、糾弾官吏犯罪など、主に身分犯を定めた29章の構成である[2]。同年には改定律令のほか、郵便規則(97号)の郵便犯罪罰則、鉄道犯罪罰例(100号)なども設けられた。
参考文献
- 會田範治『唐律及び養老律の名例律梗概』有信堂、1964年。doi:10.11501/2994356。
- 上野利三 (2014-04-10). “大宝名例律八虐・六議定条の復元について”. 皇學館論叢 47 (2): 24 - 68.
- 利光三津夫『律令及び令制の研究』明治書院、1959年。doi:10.11501/2995910。
- 利光三津夫『律の研究』明治書院、1961年。doi:10.11501/2995929。
- 利光三津夫『裁判の歴史 律令裁判を中心に』至文堂〈日本歴史新書〉、1964年。doi:10.11501/2995964。
- 利光三津夫『律令制とその周辺』慶応義塾大学法学研究会、1967年。doi:10.11501/2996014。
- 利光三津夫『続 律令制とその周辺』慶応義塾大学法学研究会、1973年。doi:10.11501/11929959。
- 利光三津夫『律令制の研究』 40巻、慶応義塾大学法学研究会、1981年。doi:10.11501/11931536。
- 利光三津夫『日本古代法制史』慶応通信、1986年。doi:10.11501/11932129。
- 内閣官報局『名例律』 明治6年《法令全書》、1923年、245頁。
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