名田庄村
名田庄村(なたしょうむら)は、福井県の南西部の山間部にあった村。丹波山地の北斜面に位置する。通称は「なたのしょう」、「なたんしょ」。名田庄村挙原地区に至っては、京都市までの直線距離が約5㎞と至近距離にある。
| なたしょうむら 名田庄村 | |
|---|---|
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| 廃止日 | 2006年3月3日 |
| 廃止理由 |
新設 名田庄村・大飯町→おおい町 |
| 現在の自治体 | おおい町 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方(北陸地方) |
| 都道府県 | 福井県 |
| 郡 | 遠敷郡 |
| 市町村コード | 18462-4 |
| 面積 | 143.83 km2 |
| 総人口 |
2,747人 (2005年10月1日) |
| 隣接自治体 | 小浜市・大飯町・高島市・綾部市・南丹市 |
| 村の木 | スギ |
| 村の花 | シャクナゲ |
| 他のシンボル | - |
| 名田庄村役場 | |
| 所在地 |
〒917-0393 福井県遠敷郡名田庄村久坂3-41-3 (現在の大飯郡おおい町名田庄久坂3-41-3) |
| 座標 | 北緯35度24分00秒 東経135度40分56秒 |
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| ウィキプロジェクト | |
若狭と京都を結ぶルートの一つ周山街道があり、かつては魚介類や塩がこの道を通り運ばれていた。陰陽師の安倍晴明ら安倍氏の子孫である土御門家が、京都からこの地に移り陰陽道の流れを受け継いでいることで知られている。
2006年(平成18年)3月3日、同村と大飯郡大飯町が合併しおおい町が新設され、それに伴って福井県からは村がなくなった。
地理
若狭湾のほぼ中央である小浜湾と京都盆地の間、丹波山地にある。
- 山:頭巾山、 八ヶ峰、三国岳(標高776.1m[1]、北緯35度21分19.1秒 東経135度46分06.7秒、京都府と滋賀県の境の三国岳の北北西に位置する)
- 河川:南川、染ヶ谷川[2]、槙谷川[2]、久田川[2]
- 峠 : 杉尾峠(北緯35度21分15.5秒 東経135度43分14.5秒)[3]、五波峠(北緯35度20分46.3秒 東経135度41分30.7秒)、知井坂(北緯35度21分23.6秒 東経135度39分37.9秒)[4]、堀越峠(北緯35度22分11.2秒 東経135度35分29.1秒)、尼来峠(あまきとうげ)(北緯35度24分05.6秒 東経135度31分31.8秒)[5]
行政
- 村長 下中昭治(1991年から)
経済
交通
バス路線
道路
- 一般国道
- 国道162号
- 都道府県道
- 福井県道16号坂本高浜線
- 福井県道35号久坂中ノ畑小浜線
- 福井県道224号染ヶ谷小倉線
- 福井県道771号名田庄綾部線 - 京都府との境に位置する尼来峠(あまきとうげ)を境に道が途絶え、通年通行不可能である。
名田庄村出身の著名人
ゆかりのある人物
注釈・出典
- 三国岳 - 国土地理院地図
- “おおい町地域防災計画” (PDF). おおい町. p. 317/414 (2007年3月). 2017年11月12日閲覧。
- 杉尾坂 - 国土地理院地図
- 知井坂 - 国土地理院地図
- 尼来峠 - 国土地理院地図
- 名田荘の成立 『福井県史』通史編2 中世 - 福井県文書館
- 「旧名田庄村を中心に存在した荘園「名田荘」関係の古文書について、所収されている資料を知りたい。」(福井県立若狭図書学習センター ) - レファレンス協同データベース
- 若狭の街道 『福井県史』通史編3 近世一 - 福井県文書館
- レファレンス回答 質問8 - 京都市図書館
- おおい町暦会館
関連項目
- 福井県の廃止市町村一覧
- 高石ともや(フォークシンガー)- 約13年間村内の廃校舎に居住しながら活動していた。彼のグループ「ザ・ナターシャー・セブン」のナターシャーは名田庄が語源。
外部リンク
- 名田庄総合事務所 - おおい町
- 国土地理院地形図閲覧システム
- 国土地理院 地形図閲覧システム 2万5千分1地形図名:久坂
- 福井県遠敷郡名田庄村 (18462A1968) | 歴史的行政区域データセットβ版 - Geoshapeリポジトリ
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