四日市陣屋
概要
慶長8年(1603年)、四日市代官の水谷九左衛門光勝が造営し、江戸時代を通して、司法・行政の中心であった。四方には掘と土塁が廻らされていた。
明治維新後は度会県の支所が置かれ、明治5年(1872年)から翌年まで三重県庁となった。 明治9年(1876年)に勃発した伊勢暴動によって焼打ちされ焼失する。
現在、跡地は四日市市立中部西小学校になっており、校門横に石碑と説明板があるのみで、遺構はない。
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