園生貝塚
位置と概要
縄文時代中期から後期の貝塚とされる。京葉道路穴川インターチェンジの西側、千葉都市モノレール穴川駅北側の「御殿山」と呼ばれる山の中に存在し[2]、千葉市による発掘調査も行われている[3]。
南北径135メートル×東西径110メートルの貝層のほか[1]、縄文土器、土版、土偶、岩偶、石器(石斧)、石皿などが出土しているという[4]。
穴川駅近くの道路端にひっそりと記念碑が立っている。
脚注
- 田中 2010, p. 1.
- 千葉市小仲台地域福祉交流館「稲毛のおはなし-園生貝塚-」(『ふれあい通信』13号、2017年10月発行)
- 田中 2010.
- 「園生貝塚HP」
参考文献
- 田中, 英世『千葉市園生貝塚』2010年3月31日。doi:10.24484/sitereports.22582。 NCID BB05677055。
- 『貝塚研究』第1号、園生貝塚研究会、1996年4月
- 「稲毛のおはなし-園生貝塚-」(『ふれあい通信』13号、千葉市小仲台地域福祉交流館、2017年10月発行)
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