土器野刑場
概要
尾張藩の刑場は名古屋城の南方の千本松原の中にあったが、寛文3年に土器野の地に移転した[1]。面積は5〜6畝歩であったという[1]。現在は、跡地の中央を名古屋鉄道名古屋本線が横切っている[1]。
当地では磔・火刑・鋸挽き・斬首などが実施されたという[1]。刑の実施に際して、名古屋城下入江町の住人がその任にあたった[1]。また、その後処理については、当地上河原の住民が行ったとされる[1]。
脚注
- 西春日井郡 1923, p. 489.
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