坂越町
坂越町(さこしちょう)は、兵庫県赤穂郡にあった町。現在の赤穂市の南東端にあたる。本項では発足時の名称である坂越村(さこしむら)についても述べる。
| さこしちょう 坂越町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1951年9月1日 |
| 廃止理由 |
新設合併 赤穂町、坂越町、高雄村 → 赤穂市 |
| 現在の自治体 | 赤穂市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 兵庫県 |
| 郡 | 赤穂郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
5,526人 (国勢調査、1950年) |
| 隣接自治体 | 相生市、赤穂郡赤穂町、高雄村 |
| 坂越町役場 | |
| 所在地 | 兵庫県赤穂郡坂越町 |
| 座標 | 北緯34度46分03秒 東経134度25分36秒 |
| ウィキプロジェクト | |
歴史
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、坂越村・北野中村・南野中村・浜市村・高野村・砂子村の区域をもって坂越村が発足。
- 1936年(昭和11年)8月1日 - 坂越村が町制施行して坂越町となる。
- 1951年(昭和26年)9月1日 - 赤穂町・高雄村と合併して赤穂市が発足。同日坂越町廃止。
合併の経緯[1]
1946年(昭和21年)1月23日、坂越町・赤穂町・高雄村は赤穂市新設にむけて申合書を取り交わし、翌1947年には三カ町村において合併に関する調査委員会が設置された。同年、赤穂町は両町村に対し合併と市制施行を申し込んだものの、この早期実現はならなかった。
1951年1月23日、赤穂町長は両町村に対し、4月1日における合併を再び正式に申し込んだが、坂越町は時期的に町民の同意を得られない可能性があり、意に沿い難いことを回答した。その後、地元選出の代議士が両者を斡旋し、赤穂町は4月1日への固執をやめ、坂越町は回答を撤回した。
3月10日、三カ町村の合併対策委員は高雄小学校で協議をし、「できるだけ早く期日を明示した協定を結ぶこと」「正式協定は遅くとも七月一日として一九五一年度予算は各町村とも八月三一日までの収支によって編成すること」の二点で一応妥結し、3月20日、同内容の仮協定書が取り交わされた。
坂越町では6月7日に議員総会を開催し、意見交換を行った。議員総会では、賛成16・反対1[注釈 1]・時期尚早1・白紙1・欠席3と、賛成が多数であったものの、住民の同意を得る必要が指摘された。これは町民間には根強い反発があったためであり、7月21日に住民投票を行い、決定することになった。
| 坂越町の合併に関する住民投票 | ||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 坂越町と赤穂・高雄両町村との合併による赤穂市新設の賛否 | ||||||||||||||||||||||
| 開催地 | ||||||||||||||||||||||
| 開催日 | 1951年7月21日 | |||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||
| 出典:『赤穂市史』第三巻、621頁 | ||||||||||||||||||||||
住民投票の結果、賛成多数となり、坂越町議会は合併決議を行った。翌日、赤穂・高雄両町村も合併決議を行い、9月1日に正式に合併することが確定した。その後、23日付けで市制施行申請書を知事に提出し、8月6日付けで市制施行は認可され、9月1日に三カ町村は赤穂市に新設合併した。
交通
道路
現在は旧村域を山陽自動車道が通過するが、当時は未開通。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編、『角川日本地名大辞典 28 兵庫県』角川書店、1988年。ISBN 4040012801