堀江川
歴史
河村瑞賢による堀江新地の開発の際に開削された。堀江川沿いには藍玉屋が多く立地しており、大正時代頃まで藍商人も多く見られたが、合成染料に押されて姿を消した。藍玉の大半は阿波産だったが、近隣の西成郡難波村も藍が特産だった。濃色に優れる阿波産の藍に対して難波産の藍は薄色に優れ、難波水藍とも呼ばれていた。
架かっていた橋
上流から
参考文献
- 『角川日本地名大辞典 27 大阪府』(角川書店、1983年)
関連項目
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