塔原城
塔原城(とうのはらじょう)は、長野県安曇野市明科中川手にあった日本の城。標高750メートルにある。文献によっては塔ノ原城とも表記され、「塔ノ原城跡」の名で安曇野市指定史跡に指定されている[1][2]。
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|---|---|
| 別名 | 塔ノ原城・長峰城 |
| 城郭構造 | 山城 |
| 築城主 | 海野氏流塔原氏 |
| 廃城年 | 1553年(天文22年) |
| 遺構 | 郭、空堀、土塁、石積 |
| 指定文化財 | 安曇野市指定史跡 |
| 位置 | 北緯36度20分49.7秒 東経137度56分05.7秒 |
| 地図 |
![]() 塔原城 |
概要
長峰山が会田川に突き出した尾根先にあり、低地に会田街道が通る。鎌倉時代に海野幸継(海野氏)の三男である塔原三郎幸次が築城したと伝わる。塩尻峠の戦いで武田晴信により光城が落城した1553年(天文22年)に、刈谷原城などとともに攻め落とされたものと思われる。
本城のある平地は南に一の廓、北に二の郭に分かれる。一の廓は南北40メートル、東西17メートルの長方形で、南端には土塁が築かれ、西南端には虎口跡が残る。二の郭は南北25メートル、東西15メートルの長方形で、北と東に土塁跡があり、斜面には石壁が残る。帯郭は、本郭の東斜面に5箇所あり、北東の尾根には土塁が残る。
参考文献
関連項目
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