塚本憲甫
人物
東京府で塚本道遠、塚本ハマの三男として生まれる[1]。旧制静岡高校、東京帝国大学医学部を卒業。静岡高校時代以来の親友に長沼弘毅がいる。稲田龍吉の内科医局に在籍した後、癌研究会附属病院の放射線科に入りがんの放射線治療にあたる。戦後茅誠司らの薦めで放射線医学総合研究所の二代目所長となる。久留勝の引きで国立がんセンター病院長となり、久留の後任として国立がんセンター総長となるが、自身ががんに罹り総長在職のまま死去。
伝記
- 塚本哲也『ガンと戦った昭和史 塚本憲甫と医師たち』(文藝春秋(上下)、1986年/文春文庫(再編版)、1995年)。第8回 講談社ノンフィクション賞
脚注
- 「塚本道遠」『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年、つ19頁。
- 私の履歴書 復刻版 大賀典雄 第6回日経Bizアカデミー、2015/8/3
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