境関所
概要
口留番所として設置していたものを、慶長19年(1614年)に正式に関所として整備した加賀藩領の東端にある関所。加賀藩はこの地を直轄地とし国境警備に重点をおいたので、全国でも最大級の規模をもつ関所であった。
境川を接して越後国側には幕府が設けて高田藩が預かった市振関所(関所間の距離は一里)があった。市振関所の先が有名な親不知の難所となる。
富山県が「境関所跡」として1965年10月1日に県の史跡に指定している[1]。また、関連史料として境関所御囲絵図(2枚)と類従旧例古格(3冊)が1975年4月に朝日町指定文化財に指定された[2][3]。
脚注
- 『境村史』(2011年6月1日、朝日町境区発行)206頁。
- 境関所(朝日町)概要(富山県:歴史・観光・見所、2024年1月16日)
- 『朝日町の指定文化財』一覧(朝日町、2023年3月31日更新、2024年1月16日閲覧)
- 『境村史』(2011年6月1日、朝日町境区発行)203頁。
- 『境村史』(2011年6月1日、朝日町境区発行)209頁。
関連項目
- 長谷川宗兵衛 - 2代目関所奉行
- 中部地方の史跡一覧
- 富山県指定文化財一覧#史跡
外部リンク
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