多田 義基(ただ よしもと)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武士。摂津源氏の嫡流であった多田氏の一族であるという。
摂津国より延慶元年(1308年)に讃岐国金倉村に来て城を構え、始めは南朝方であったが後に北朝側に替わったという。