大井武蔵野館

大井武蔵野館(おおいむさしのかん)は、かつて東京都品川区大井1-20-16に存在した映画館

大井武蔵野館
Ooi Musashinokan
情報
正式名称 大井武蔵野館
開館 1981年
閉館 1999年1月31日
最終公演 ヘアピン・サーカス[1]
設備 DOLBY STEREO
用途 映画上映
運営 武蔵野興業株式会社
所在地 東京都品川区大井1丁目20-16
アクセス 大井町駅西口より徒歩4分

概要

1930年代前半、当時の東京府荏原郡大井町の映画館は大井館、大井富士館、大井キネマ、櫻館、東郷館、昭榮館の6館が存在していた[2]1950年代は、昭榮館が戦前から残った他、新東宝の封切館だった大井映画劇場[3]大井セントラル劇場、大井ミリオン座、大井スズラン座、大井銀星劇場などがあった。大井武蔵野館はこの頃に開業したといわれているが詳細は不明である[4]

1981年に邦画上映の「大井武蔵野館」、洋画上映の「大井ロマン」の2館体制にリニューアル[5]

1985年ごろ、自由が丘・武蔵野推理劇場から異動した細谷隆広が支配人に[6]1986年新宿武蔵野館から異動した小野善太郎が支配人に就任[7]これ以降、独特の企画力でユニークな映画作品を上映し、映画ファンからの支持を得たまた、1980年代に映画製作から遠ざかっていた石井輝男監督作品を繰り返し特集・上映したことは、石井の再評価、後のカムバックにつながった1989年、大井ロマンを廃止し再び「大井武蔵野館」1館のみの体制に戻る[5]

チラシなどに刷り込まれたキャッチフレーズは「名画座最後の[5]邦画のみ上映することに特色があったが、最末期には洋画の上映も行なった

武蔵野興業が経営していた名画座としては、自由が丘武蔵野館や中野武蔵野館があった

1999年1月31日をもって閉館[1]東京都内は同時期に「松竹セントラル」(中央区築地2月11日閉館)「亀有名画座」(葛飾区亀有2月28日閉館)が相次いで閉館している2000年11月、同館跡地に地上12階建てのマンション「リシェ大井」が建設された[8]2016年現在、品川区内の映画館は東京テアトル運営のキネカ大森と、大蔵映画運営の目黒シネマの2サイト・4スクリーンが存在している

脚注

  1. 大井武蔵野館 最終上映スケジュール”. WERDE OFFICE (1999年1月). 2013年9月19日閲覧。
  2. 昭和7年の東京府下の映画館”. 中原行夫の部屋(原資料「キネマ旬報」). 2013年12月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月19日閲覧。
  3. 第5回品川たんけん隊の集い・勝浦さんの話”. 大井町・昭和から今. 品川たんけん隊 (2010年7月31日). 2013年9月19日閲覧。
  4. 昭和32年の東京都の映画館”. 中原行夫の部屋(原資料「キネマ旬報」). 2013年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月19日閲覧。
  5. 映画館百景・その1「大井武蔵野館」”. シネマジャーナル (1990年6月). 2013年9月19日閲覧。
  6. 細谷隆広インタビュー
  7. 座談会「名画座へ行こう」”. 伝説の名画座. しんゆり映画祭 (1998年10月10日). 2013年9月19日閲覧。
  8. リシェ大井”. 品川区マンション.com. 大成有楽不動産. 2013年9月19日閲覧。

関連文献

  • 太田和彦『伝説のカルト映画館 大井武蔵野館の6392日』立東舎、2023年。ISBN 9784845639632。

関連項目

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