大坂 (東京都)
概要
江戸時代、大山街道の江戸・厚木間に位置する40余りの坂の中で、最も大きな坂であったことから名付けられた[1][2]。現在の青葉台から大橋にかかる玉川通りが該当する[1]。当時の大坂は「鮎はナーエ、大坂くげんだ、団子屋起きたか」と歌われたという[1]。
東急玉川線が開通した明治40年頃から、徐々に環境が変わり、現在では緩やかな地形となっている[1]。大坂の旧道横の斜面緑地は、大坂緑地として保存されている[2]。
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