大垣市墨俣歴史資料館

大垣市墨俣歴史資料館(おおがきしすのまたれきししりょうかん)は、岐阜県大垣市にある博物館である。

大垣市墨俣歴史資料館
施設情報
正式名称 墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)[1]
愛称 墨俣一夜城
前身 墨俣町歴史資料館
来館者数 29,517人(令和元年度)[2]
事業主体 大垣市
管理運営 大垣市
開館 1991年(平成3年)4月6日[2]
所在地 503-0102
岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742-1
位置 北緯35度22分1.5秒 東経136度41分15.9秒
外部リンク 墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)
プロジェクト:GLAM

正式名は墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)。単に墨俣一夜城とも称する。

概要

  • 大垣市墨俣地区の歴史、墨俣城に関する資料などを展示する施設である。1991年(平成3年)4月6日に安八郡墨俣町墨俣一夜城(墨俣町歴史資料館)として開館。2006年(平成18年)3月27日に墨俣町が大垣市に編入されたことにより墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)に改称する。
  • 建物は大垣城天守閣1959年(昭和34年)に外観復元して再建)を模した鉄筋コンクリート造4層6階建[注釈 1]である。敷地面積は1099.07m2。建築面積は184.285m2、延床面積は574.29m2[2]、高さ23.0m[3]。屋根には大蔵省造幣局製作の金のシャチホコがのせられている。墨俣城跡地と思われる場所にあるが、実際に存在したと言われている墨俣城とは全く異なる外観である。

沿革

墨俣城(墨俣一夜城)の建設計画はは戦前や昭和40年代にも計画されたが、実現されなかった。

  • 1989年(平成元年)10月24日 - 建設が決定する[4]。建設資金はふるさと創生事業を元にふるさと創生基金を新設。これを基にすることになる。
  • 1991年(平成3年)
    • 2月8日 - 大蔵省造幣局から金のシャチホコが墨俣町に引き渡される[5]
    • 2月16日 - 金のシャチホコが屋根に取り付けられる[5]
    • 4月6日 - 墨俣一夜城(墨俣町歴史資料館)として開館。初代名誉城主は竹下登[5]
  • 1994年(平成6年)3月27日 - 犀川に太閤出世橋(人道橋)が完成。
  • 2002年(平成14年)3月23日 - 玄関ホールの純金製ミニチュアシャチホコが盗まれる[6]。その後2代目のミニチュアシャチホコが製作される。
  • 2004年(平成16年)10月27日 - 内部改装が完成する[7]
  • 2006年(平成18年)
    • 3月27日 - 墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)に改称する。
    • 10月23日 - 純金製ミニチュアシャチホコの一部分が盗まれる。
  • 2017年(平成29年)4月13日 - 純金製ミニチュアシャチホコが入ったガラスケースにひびが入る盗難未遂事件が発生する。

主な展示

1階
  • 郷土展示室
美濃路墨俣宿
輪中
2階
  • 常設展示室
豊田穣関連[注釈 2][8]
武功夜話関連
豊臣秀吉関連(墨俣城築城から稲葉山城攻め)
3階
  • 常設展示室
豊臣秀吉関連(墨俣築城後から天下統一までの戦い)
4階
  • ギャラリー
5階
  • 展望室

利用案内

  • 所在地:岐阜県大垣市墨俣町墨俣1742-1
  • 開館時間:9:30 - 17:00
  • 休館日:火曜日(その日が祝日の場合、その翌日)、祝日の翌日(その日が日曜日または火曜日の場合、その翌日。その日が月曜日または土曜日にの場合、その翌々日)、年末年始(12月29日 - 1月3日)
  • 入館料:
    • 一般200円(団体20人以上は150円)。
    • 以下の場合は無料
18歳未満
大垣市内在住65歳以上
身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の所持者並びに当該所持者の介護者

交通アクセス

周辺施設

出典

  1. 墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)設置条例”. 大垣市. 2022年1月23日閲覧。
  2. 第8章文化振興 (PDF). 大垣市教育情報ネットワークシステム. 2022年1月23日閲覧。
  3. 墨俣一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)パンフレット(大垣市)
  4. 記念誌編集委員会 2006, p. 120.
  5. 記念誌編集委員会 2006, p. 121.
  6. 記念誌編集委員会 2006, p. 125.
  7. 記念誌編集委員会 2006, p. 127.
  8. 豊田穣”. 岐阜県図書館. 2022年1月23日閲覧。

注釈

  1. 6階建ての建物であるが、石垣内(実際の1階)は地下1階として扱われており、館内及びパンフレットでは地下1階地上5階建となっている。
  2. 作品中に穂積や墨俣の風景が描かれており、墨俣にゆかりがある。

参考文献

  • 記念誌編集委員会 編『合併記念墨俣百十一年のあゆみ』墨俣町、2006年。

関連項目

外部リンク

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