大島正
来歴
福井県福井市出身[2][3]。1940年、東京外国語学校スペイン語部文科を卒業する[1]。日本郵船社員、都新聞記者などを経て、1962年に同志社大学商学部助教授となる[2][3]。
1966年、給与所得者は過重な税負担を課せられているとして「サラリーマン税金訴訟」を起こした[2][3]。一、二審で敗れ、1984年3月3日、最高裁上告中にS状結腸癌により死去[1][3]。享年65歳[2]。
著書
単著
- 『ドン・ホアンの原型の研究』白水社、1966年5月。
- 『スペイン文学への誘い』創世記、1978年10月。
共著
- 大島正、大島真理『我、敗れたり、されど 大島正20年の軌跡』中教出版、1985年11月。ISBN 9784483000153。
翻訳
- ピエール・ショーニュ『ラテン・アメリカ史』白水社〈文庫クセジュ 160〉、1955年3月。ISBN 9784560051603。
- アンドレ・シーグフリード『ラテン・アメリカ』白水社、1959年2月。
- フェルナンド・デ・ローハス『魔女セレスティナ』外国文学会、1975年7月。
- ベニート・ペレス・ガルドス『トラファルガル スペイン国民挿話 その1』高橋早代・大島正訳・解説、朝日出版社、1975年8月。
脚注
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