大島町 (富山県)
大島町(おおしままち)は、富山県中部の西寄りに位置し射水郡に属していた町。
| おおしままち 大島町 | |||
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| 廃止日 | 2005年11月1日 | ||
| 廃止理由 |
新設合併 新湊市・射水郡大島町・小杉町・大門町・下村 → 射水市 | ||
| 現在の自治体 | 射水市 | ||
| 廃止時点のデータ | |||
| 国 |
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| 地方 | 中部地方(北陸地方) | ||
| 都道府県 | 富山県 | ||
| 郡 | 射水郡 | ||
| 市町村コード | 16384-8 | ||
| 面積 | 7.96 km2 | ||
| 総人口 |
10,451人 (2005年10月1日) | ||
| 隣接自治体 | 新湊市、高岡市、大門町、小杉町 | ||
| 町の木 | ヒイラギ | ||
| 町の花 | ウメ | ||
| 大島町役場 | |||
| 所在地 |
〒939-0292 富山県射水郡大島町小島703 | ||
| 外部リンク | 大島町(インターネットアーカイブ) | ||
| 座標 | 北緯36度43分58秒 東経137度03分47秒 | ||
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| ウィキプロジェクト | |||
一時期「ヘチマの街」としていたことがあったが、近年では「絵本の街」として街起こしを図っていた。近年は、富山市・高岡市のベッドタウンとして宅地開発が活発である。
歴史
1889年の町村制の施行により、現在の町域内の各聚落の区域をもって、大島村となった。それ以降は、細かな境界線の変更があっただけで、射水市となるまで他の市町村との合併は行われていない。
合併時、中心聚落の名前「小島」を村名にしようとしたが、当時としては人口・面積ともに大きい部類であったことから、村勢の発展への願いも込めて「小」を「大」に変え「大島村」とした。しかし、庄川の上流の五箇山に既に大島村(後の平村大字大島、現在の南砺市大島)があることがわかり、村の世話役衆が一斗樽の酒を背負って五箇山の大島村を尋ね、「大島村」の村名を譲り受けたというエピソードが伝わっている。
姉妹都市・提携都市
姉妹都市などの提携はないが、1992年以降、「全国大島リンク会議」と称し、全国の「大島」という名前の町村(大島町・大島村)との友好関係があった。平成の大合併によりほとんどの大島町・大島村が消滅もしくは消滅予定となったことから2004年に全国大島リンク会議は解散した。全国大島リンク会議に参加した7つの町村の記念碑や町村木を建てた「おおしまリンクロード」が八塚にある。
地域
名所・旧跡
- 鳥取の里
古事記によれば、垂仁天皇の皇子の誉津別命は大人になっても言葉が話せなかったが、ある日、白鳥の鳴き声を聞いて声を発した。そこで天皇は山辺之大鷹という人物にその白鳥を捕えるよう命じた。山辺之大鷹は白鳥を追いかけて、9つの国を走り抜けて越国の和那美の水門(わなみのみなと)でようやく捕えることができた。『古事記伝』を著した本居宣長が、和那美の水門の地は越中国鳥取(後の大島町鳥取)であるとしたことから、鳥取八幡社の境内にそれを記念した「高志国鳥取の里」の石碑が立てられている。
- 大島町絵本館(現・射水市大島絵本館)
大島町が企画して、上記の古事記の説話や附近に伝わる民話などを集めた絵本を刊行し、それをきっかけに「絵本の街」として町起こしを図っている。その中心となる施設が大島町絵本館で、鳥取の里の近くに建てられている。
関連項目
外部リンク
- 射水市役所大島分庁舎 - 射水市
- 大島地域振興会
- 国土地理院 地形図閲覧システム 2万5千分1地形図名:高岡(北東)
- 大島町ホームページ(2005/08/31アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project


