大津町 (茨城県)
大津町(おおつまち)は茨城県多賀郡にかつて存在した町である。
| おおつまち 大津町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1956年3月31日 |
| 廃止理由 |
新設合併 磯原町、大津町、平潟町、関南村、関本村、南中郷村 → 茨城市 (即日改称し北茨城市になる) |
| 現在の自治体 | 北茨城市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 茨城県 |
| 郡 | 多賀郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 隣接自治体 | 平潟町、関本村、関南村 |
| 大津町役場 | |
| 所在地 | 茨城県多賀郡大津町 |
| 座標 | 北緯36度51分32秒 東経140度44分59秒 |
| ウィキプロジェクト | |
歴史
町内の五浦海岸には1906年(明治39年)に岡倉天心率いる日本美術院が東京から移転した[1]。同院は天心が亡くなる1913年(大正2年)までこの地にあり、天心ゆかりの六角堂にはインドの詩人・ラビンドラナート・タゴールが1916年(大正5年)8月に訪れている[2]。
第二次世界大戦中の1944年から1945年にかけては、海岸線から風船爆弾の放球が行われていた(全国で3か所のうちの1つ)[3]。
人口・世帯
人口
総数 [単位: 人]
| 1891年(明治24年) | |
| 1902年(明治35年) | |
| 1920年(大正 9年) | |
| 1935年(昭和10年) | |
| 1950年(昭和25年) | |
| 1955年(昭和30年) |
世帯
総数 [単位: 世帯]
| 1920年(大正 9年) | |
| 1935年(昭和10年) | |
| 1950年(昭和25年) | |
| 1955年(昭和30年) |
脚注
- 茨城新聞社 編 (1981):182ページ
- 北茨城市史編さん委員会 編 (1987):190 - 192ページ
- 「九千個放って到達は一個、戦後判明」『朝日新聞』1945年(昭和20年)10月3日(昭和ニュース事典編纂委員会『昭和ニュース事典第8巻 昭和17年/昭和20年』本編p.712-713 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- 日外アソシエーツ編集部 編『日本災害史事典 1868-2009』日外アソシエーツ、2010年9月27日、84頁。ISBN 9784816922749。
参考文献
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